超ロングなキバナセッコク 文:柴田和彦

山本さんには言わんとこ

 奄美大島の一部には、巨大なキバナセッコクが自生することは、人の噂で聞いていました。

 1979年3月、僕がはじめて奄美大島へ行った時のことです。

 僕たちは、奄美大島に着いて、大和村、宇検村とめぐり、たくさんの野生ランを見て歩いたあと、最後に着生ランの宝庫と呼ばれる住用村の谷間にある川べりの空き地に車を停め、ここを拠点にして2日間周りを散策することにしました。次の日はランを探しながら、沢沿いの山道をトリガミネ方面へと進んで行きました。そこで起こったのが、ハブ遭遇事件です(正確にはヒメハブ)。

 翌日、3つの班に分かれての自由行動です。相川さんと山本さんは木々を伐採するチェーンソーの音が鳴り響く森へ向かいました。岡本さんは一人で、その辺で何か別の草(カンアオイ?)を探しているようでした。

 僕と高橋君は、ハブが怖くて怖くて仕方なかったので、先輩たちのように無鉄砲に山奥へと行くことはせず、ハブに噛まれてもすぐに戻れるように山道の近くの林の中を、棒で草を叩きながら慎重に歩き回りました。アマミエビネやトクサラン、スズフリエビネなどの地生ランをたくさん見たその帰り道のことです。シダが生い茂る急斜面に一本の大木があり、その枝先には遠目でもわかるくらい超ロングサイズのキバナセッコクが着生していました。そこはいかにもハブが出そうな雰囲気が漂っており、僕たちにはとてもそこへ行く勇気はありませんでした。

 ハブが怖くて怖くてすぐにでも島を出たかった僕は、一緒にいた高橋君と相談して、「このことは山本さんには絶対に言わんとこ」という話になりました。もし話してしまえば、予定では帰るはずの明日もまた、ハブの棲む山に行くことになると思ったからです。その晩は明日にはハブの恐怖から解放される安心感で、ゆっくりと眠ることができました。

 翌早朝、僕たちの内緒話を知らない岡本さんは用足しをするために斜面を下り、戻ってくるやいなや、まずいことに、この下にどでかいキバナセッコクがたくさんあると言ったのです。

 しかたがなしに昨日見つけて知っていたことを話したところ、「お前らなんで黙っていたんだ、このやろう」とキツイ言葉が返ってきました。そして結果は言うまでもありません。皆さんの想像通りです。

 それから5時間後、フェリーに乗り名瀬の港を離れた時にようやく、ハブの恐怖から解放された僕でした。僕にとっては、ハブの恐怖におののきながらのとても長い5日間、奄美大島の旅でした。


コラム筆者:柴田和彦

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