私のハブ捕りものがたり [6]

Photo: 関ちゃん

 1985年3月2日、波之上丸に乗船して東京晴海を出航した私たちは、奄美大島、徳之島の山中を散策したのち、3月10日沖縄県西表島までやって来ました。午後のバスで白浜へ移動し、林道を少し入ったところで縦走路入口を確認して、そこでキャンプ。

 いよいよ明日からは道なきジャングルの中を通る過酷なコース、第2縦走路。聞くところによると、このコースは切り立った崖のへりを通る危険な箇所が多く、きわめて複雑で、過去に何人もの遭難者を出しているそうです。サキシマハブやヤマビルが多く生息する、めったに人が通ることがない本格的なジャングルで、迷わずに進めたとしても2日間はかかるとのこと。

 地元の人が言うには、「4、5年前に琉球大グループが1週間かけてジャングルを切り開きながら通ったのが最後で、それからはだれも通っていないはずだ。死にたくなければやめときな」ということでした。

西表島のジャングル Photo: 関ちゃん

 しかし、私が無理をしてでもここへ行きたかったのには、わけがあります。それは、密林奥地の波照間の森からさらに奥へ進んだところにある南向きの斜面から、ななめに伸びる大木の枝先に生えると人づてに聞いた伝説の着生ラン、その名もヤマピカランを探すためです。

ハブ、ハブ、ハブ、ハブ、サキシマハブ

 3月11日朝、数日分の食料をリュックに詰め込み、残りの荷物はビニール袋にくるみ、草むらに隠していざ出発。

 ここからウーシークの森の手前までは、人が通った気配がかろうじて感じられる獣道らしきものがしばらく続きました。道すがら、左右の草むらからは、カクチョウランが1メートルを超える長い花茎を伸ばしていました。

 さらに奥へと進むと、急な下り斜面となり、ぬかるむ土手をつづらおれるように5~6歩進み、さらにもう一歩下りようとしたその時です。踏み出した足のすぐ先に、まるで地面に溶け込むように身体を折り曲げたハブが、草かげに潜んでいたのです。慌てて足を引っ込めたため事なきを得ましたが、もしもあの時気がつかずにあと一歩下りていたのならば、私の足はハブの毒牙を打ち込まれていたことでしょう。危なかった!

 後からくる仲間たちを安全に通らせなくては。それにはまず、このハブをどうにかしなければなりません。そう考えた私はすぐに、ハブを捕まえ、遠くに投げ飛ばそうとしたところ、ヤツも相当なショックだったのでしょう。嫌というほどのたくさんの排せつ物をかけられてしまいました。その異様なにおいに、くせい、くせいとみんなで大騒ぎしました。

Photo: 関ちゃん

 ほっとしたのもつかの間、そこから、数メートル下ったところで、またもやハブに遭遇。そいつは土手のくぼみでとぐろを巻きながら、じっと私を待ち構えているように見えました。ふと先に目をやると、さらに2匹のハブが気持ちよさそうにひなたぼっこしていました。わずか数十メートルのうちになんと5匹ものハブがいたのです。彼らにとってここはよほど居心地がいい場所だったのでしょう。これまでハブの棲む島々を何十回も歩き回ってきた私ですが、この時ばかりはさすがにハブを捕まえるのは無理だと判断し、ハブには触れず、猛烈に茂る草をかき分けて迂回し、この場所を通過しました。

 斜面を下りきったその先は、人の通らないうっそうとしたジャングルです。

 はじめからこれだけのハブに遭遇してしまい、さすがの私もこの先どうなるだろうと一抹の不安を感じました。場合によっては命を失うこともあるからです。そして…

・伝説のランを探す! いにしえのヤマピカラン

・サバイバル日記 西表島編 [1]

・関ちゃん日記 文:関明彦


コラム筆者: 山本裕之

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